慧眼!

元プロ野球選手で監督も務めた野村克也氏(84歳)が、2月11日午前3時半に死去。
死因は「虚血性心不全」だった。

現役時代は捕手として初の三冠王など、本塁打王9度、打点王7度、首位打者と最多安打1度、MVP5度。89年に殿堂入り。
監督としては、南海時代に捕手兼任も務め、ヤクルトでリーグ優勝4度、日本一3度、阪神、社会人のシダックス、楽天などを指揮。
「月見草」「生涯一捕手」「ID野球」「再生工場」に“ぼやき節”など、多くのフレーズや含蓄あることばを残されています。

昨日から野村氏死去に伴うニュース記事やエピソードが膨大。
それだけ野球界を中心に数多くの方々へ大きく強い影響を及ぼされた証拠といえるでしょうね。
またそれらを読むと、如何に野球が好きで、それに対して色々な考えやとても深く勉強されていたのかが伝わります。

元中日や巨人で活躍し、現在は侍ジャパンの井端内野守備コーチにとっても、野球人生を切り開いてくれた恩人だったそうです。
中学時代、投手でリトルシニアに所属していた時、野村さんの妻・沙知代さんがオーナーを務めていたチームと対戦。
結果は惜敗したものの、この試合を当時野球評論家だった野村氏が観戦しており、井端氏の投球に目を奪われたのだとか。
その後、井端氏は県立高校進学を予定していたが、ある日、野村氏から突然自宅に電話が入り、強豪高校へ進むアドバイスに加えて、「君は投手よりも遊撃手になった方がいい」と伝えられました。
その言葉を信じ、勧められた高校へ入学し、アドバイス通りポジションも遊撃手に転向。
井端氏自身の努力ももちろんですが甲子園も出場し、その後のプロ野球でも大活躍し日本を代表する名選手に。

色んな選手を見てきた経験から、一中学生の選手であっても素質を見抜き、適正判断を見誤らない慧眼にはただただ驚くばかり。
井端氏以外にも多くの選手が指導を受けているでしょうし、現在は指導者としての道を進まれている人も多いと思いますが、ぜひ野村氏から影響を受けた考えや教えを引き継いで、野球界の発展に役立てて欲しいと願います。